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The ABEE(ジ・エイビー) -ある意味、私の日々はこちらで綴られる。

札幌でシンガーソングライターとして、ソロで音楽活動を行っておりますThe ABEE(ジ・エイビー)のブログです。普段自身の公式サイトでは語らない事などをこちらのブログにて書かせていただきます。


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目的と手段の逆転 -我々がしてはいけない事。

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こんにちは!Japanese Sapporo Singer Song Writer(札幌シンガーソングライター)
The ABEE(ジ・エイビー)です!
さて前回のブログですが、

www.theabee-blog.com

自分のやりたい事に向かって、人は日々絶え間ない努力を行います。

そのために、目標に向かって日々努力しています、頑張ります。

ただ、「頑張る事を頑張る」のは違うと思うんです。

前回のブログでは「根気よく頑張る」「頑張れば何でも出来る」という根性論がもう今の時代では通用しない精神論ではないかという事を書き、

がむしゃらな努力や無理をして頑張る努力、つまり

「自身の立ち位置や状況に合っていない、無理をして頑張る努力」

は努力ではないという考えを書きました。

ごく一部はその精神論で上手くやっている方々がいらっしゃるかもしれませんが、

少なくとも我々の大半は、もうその精神論で突き進んでも自分を壊してしまうだけなのかなと。

間違った頑張りで肉体も精神も壊すのは、

それはとても悲しい出来事だと感じております。

頑張る事を頑張るのは、頑張る事ではない。

自分の状況に、自身の立ち位置に見合った・適切な努力を行いながら
自身の魅力を磨いて行く。

のが本来の「頑張る」なのではないのでしょうか…?

それが

「努力する才能」

なんじゃないかなと考えております。

 

一つ誤解のないように付け加えると、

努力する才能はだれにでもある。

でも

その努力が報われるとは限りません。

これれは次回にでも書きたいです。

 

 

前回はこんな感じでした。

 

…で、今回のブログですが、

 

自分がやりたいことを実現するための

「目的」とそのための「手段」

について少し考えてみたいと思います。

 

やりたい事を成し遂げるために、頑張らなければいけない事を

設定して(音楽なら曲を作るとか、

スポーツなら大会に向けて走り込みをするとか…)、

そうやって自身の目的のために努力で磨きをかけて行くのですが…

その「努力することを頑張る」事が目的になってしまう事って、皆さん一度は

経験した事があるのではないのでしょうか?

 

 

例えば、これを音楽活動にあてはめて例を挙げるとする。

 

音楽活動を行う上で

「たくさんの人に音楽を聴いて欲しい!」

という目標があったとします。または

これを「目的」と定義した方が良いかもしれません。

その手段として

「オリジナル楽曲を制作する」「多くの人に聴いていただくために

ライブ活動をする」

があるので、それを手段として設定する。

もう近年では「YouTubeやTwitterやSNSなどでも音楽発信が出来る」

ので、「ネットで自身の音楽を発信する」事も

音楽を聴いていただくという目的のための手段にしても良いかもしれません。

 

忘れないで欲しいのですが、

あくまでも音楽を聴いていただくための「手段」です。

「たくさんの人々に自身の音楽を聴いていただく」という目的を達成するために動く…

素敵な目的だと思います。

この目的を達成させるためには…先程の

オリジナル楽曲の制作・ライブ活動・情報発信

が主な手段となります。

・オリジナル楽曲の制作→音源をCDや配信を通じて販売、ライブでの物販等々…。

・ライブ活動→自身のライブハウス(またはライブBar)で、ライブを観に来て下さるお客様に生の歌と演奏を聴いていただく。配信ライブでもOK。

・情報発信…YouTubeで自身の音源の一部やライブ映像を載せる。SoundCloudで音源を載せる。TwitterやSNSで音源の宣伝・動画投稿機能で一部掲載、ライブ告知等々。

 

やれる事はいっぱいありますよね。

 

…ここで一つ良くない流れがあるとしたら…

「音源をCDや配信で販売したけど聴いてもらえない!物販も手に取ってもらえない!

そしたら今よりももっと曲をたくさん作るよう頑張らなきゃ!」

「ライブで観に来て下さるお客さんが増えない!

もっとライブをたくさんやって頑張らなきゃ!」

「YouTubeやTwitterで発信したけどなかなか見てもらえない!

もっと良い動画を投稿しなきゃ!注目されるツイートをして頑張らなきゃ!」

 

…という流れに行ってしまうかと思われます。

 

…ちょっと待って、

 

「たくさんの人々に自身の音楽を聴いていただく」という目的がありましたよね?

なかなか音源を手に取ってもらえない・ライブでお客さんが増えない・

発信した情報に気づかれない

という気持ちは分かります。

だけど、

いつの間にか

「音楽を聴いてくれないから曲をたくさん作る」とか「お客さんが増えないからライブの数を増やす」とか「気づかれないから目立つ情報を発信する」とか

…本来手段として行っていた物事がいつのまにか目的へと逆転してしまう現象。
「たくさんの人に自身の音楽を聴かせたい」という目的が上記の手段だった物事に
すり替わって・いつの間にか逆転してしまう。

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…分かりますでしょうか?

これをスポーツに例えるなら

「マラソンの大会で優勝したい!」

という目的があったとして、その目的を達成するための

手段として「毎日3時間走り込みをする」という事を

行います。毎日継続して走り込みの練習をただひたすら

コンスタントにやる事をがんばっていたら、

いつの間にか「毎日3時間走り込みをする」事が目的となってしまう。

「毎日3時間走り込みをする」という目的ために「マラソンの大会で優勝したい!」が手段となって、一度決めた目的の意味が変わってしまい…

目的の意味を無くしてしまう。

この「目的」と「手段」が逆転してしまう現象、キチンとした言葉として

存在するんです。

 

手段の目的化

ある目的を実現するために採用した行動やその方法が、本来の(目的を実現するという)意義を逸脱して、行動する事それ自体を目的として行動するようになってしまうことを指す表現。形骸化に伴って生じやすい。

出典:Weblio辞書 日本語表現辞典 より引用。

 

これ結構有名だと思いますし、この言葉が無かった頃にも

「目的と手段が逆転してしまう」という現象は、何かを活動する上で

起こりうる出来事として語られていたと思います(学校・会社・組織 etc…)。

 

先程の音楽活動の例をもう一度使うと

「たくさんの人々に自身の音楽を聴いていただく」という目的。

その手段のために「楽曲制作」「ライブ活動」「情報発信」を行う。

しかし、何かがキッカケで(全然聴いてもらえない等々…)

この「音楽を聴いてもらうための手段」そのものが目的になってしまうという事ですよね。

 

音楽を聴かせたいという目的で楽曲制作を始めたのに「なかなか音楽を聴いてくれない・振り向いてくれないから曲をたくさん作るように頑張る!」というのは…気持ちは分かります。

でもその行動自体が目的になったりしていませんか?

「自分はこうやりたいんだ!」っていう音楽があるハズです。

そのための、自身が表現したい音楽というのはある程度制作して

自身で用意しているハズです。

それなのに、振り向いてもらえないからという理由で

必要以上に楽曲を制作したら、自身が表現したい音楽とはズレた楽曲が多少なりとも出て来てしまうかと思います。そうなると「あれ…?俺のやりたい音楽って、こんなんだっけ…?」ってなるかと思います。

 

音楽を聴かせたいという目的でライブ活動を始めたのに

「ライブで観に来て下さるお客さんが増えない!もっとライブをもっと沢山やって集客を頑張らなきゃ!」っていうのもスゴく分かります。

でもそれが本来の目的だったのでしょうか?

音楽を聴かせたいという目的がありながら、いつのまにか「ライブを重ねて集客する!」「ライブを頑張る!」がという行動自体が目的になっていませんか?

何か特別なものを持っている人なら、その考えでも行けるかもしれませんが、

我々は特に何か特別なものを持っている訳ではございません。

ですので、「多くの人に音楽を聴かせたい!」という目的が「ライブ活動頑張る」に逆転してしまったら、現状は変えられないですし…音楽活動のモチベーションが下がって、自分からフェードアウトしてしまいますよ?

音楽を多くの人に聴いていただく手段は、ライブ活動だけではないと考えております。

自分の置かれている状況・立ち位置に見合ったライブ活動で目的へ向かっても良いし、ネットでの情報発信・配信ライブや音源投稿・動画投稿等々も出来るので、

音楽を聴いていただくための手段を一方だけに考えず…多方面で考えて自身にフィットする音楽活動が出来れば最高ですね。

 

音楽を聴かせたいという目的で情報発信を行ったのに「あれ?情報を発信したけどなかなか聴いてもらえない!見てもらえないからもっと良い動画を投稿しなきゃ!注目されるツイートをして頑張らなきゃ!」となって、その行動自体が目的になっていませんか?

私自身、自分の状況・立ち位置に見合った楽曲制作・ライブ活動・情報発信を行っているつもりですが…

この情報発信の手段は私も含めて目的化しないように気をつけなければいけません(汗)

「YouTubeやTwitterに自身の音楽情報を発信した!でもなかなか聴いてくれない!

そうだ!注目されるようなコンテンツを投稿して振り向いてもらおう!」

なんて考えていたら…

それはもう音楽活動ではないのかもしれません。

音楽を聴かせたいという目的が情報発信するという手段と逆転して、更に

「注目されるようなコンテンツを投稿して、振り向いてもらおう!」

なんて考えてしまったとします。

「YouTubeでライブ映像や音源を投稿するだけじゃダメだ!もっと変な事をやって沢山の人に観てもらおう!」とかになったらもうヤバいかと思います。更にYouTubeの投稿動画を収益化して広告収入を得ているYouTuberになって、音楽活動そっちのけで変な事やって広告収入を得ようなんてなったら…「あなたがやりたい音楽活動って何さ?」ってなりますね。

※決してYouTuberさんを批判している訳ではございません。
ただ、目的や理由も曖昧なまま変な事をやってYouTubeで再生数や広告収入を得ようなんて考えている人を批難しているだけです。

↑言い過ぎてしまいましたが、これも何処かの機会で書きたいですね。

ちなみに私The ABEE(ジ・エイビー)もYouTubeチャンネル「The ABEE」で自身の音楽コンテンツを発信しておりますが、

現在、YouTuber(ユーチューバー)はやっておりません。

私のYouTubeチャンネルThe ABEEでは、「自身が作った音楽を多くの人々に聴かせたい」という目的がございますので、収益化する根拠があまりないんですよね。

自身の置かれている状況・立ち位置、動画の再生回数を考えたら、チャンネルを収益化するのは違うかなと(毎回投稿する動画が定期的に10万再生まで行くなら、そりゃあ私だって収益化しますよ(笑))

TwitterやSNSでも、同じように情報発信の手段だったハズなのに

「なかなか聴いてくれない!振り向いてもらえない!

そうだ!注目されるようなコンテンツを投稿して振り向いてもらおう!」

ってなったら、上記のYouTubeのよろしくない例のような事になってしまう危険性だってありますね。

やるなとは言いません。

ただ、TwitterやSNSも無料で使える分、

「行き過ぎた投稿や行き過ぎた主張」が出てしまうので、

聴いてくれない・振り向いてもらえないからって

人の注目を惹きつけるような投稿は程々にしといた方が良いかと思います(苦笑)

 

 

以上ですが、今回もかなり書いてしまいました(汗)

 

上記の目的と手段の逆転、いわゆる「手段の目的化」ですが…

これ、前回書いたブログと共通しているものがあると思うんですよね。

 

自身の目標・目的を達成するため、自分で考えた手段を用いて

努力して自身を磨いて行く。

しかしこの時に

自身の状況・立ち位置に見合ってない努力を行うと、自身の頑張りが少しズレた方向に向かって行きます。そうなると「とにかく根気よく頑張る」「頑張ればなんとかなる」の精神になって、「無理して頑張る」「頑張る事を頑張る」現象になってしまうかと

思います。

 

今回のブログに書いた

「多くの人に自分の音楽を聴かせたい」の目的を達成するために

「楽曲制作を行う」「ライブ活動を行う」「音楽情報を発信する」という手段を使います。

…で、「これが手段の目的化」してしまうと

「楽曲制作をとにかく頑張る」「ライブを増やしてとにかく頑張る」「情報発信に力を入れてとにかく頑張る」が目的となってしまいます。

手段が目的化してしまったら、結局は「自身の状況・立ち位置に見合ってない努力」にもなってしまうし、「無理して頑張る」「とにかく頑張る」「頑張る事を頑張る」という

頑張る事を頑張ってしまうという事に繋がって行くのではないかと思います。
手段の目的化=頑張る事を頑張る
は共通していると考えております。

 

今回も長くなってしまいましたが、

 

一つの目的(目標)のために、
自分の立ち位置に合った手段を持って適切な努力を行う人は、
自身に磨きをかけているから素敵です。

 

でも、

その手段を使って行っている努力がいつの間にか

「努力する事を努力する」「頑張る事を頑張る」

に変わっていないでしょうか?

努力する手段が目的(目標)に変わって頑張ってしまうのなら、
それは意味がないのと同じ事です。

長くなりましたが、最後まで読んで下さってありがとうございました!!

 

次回をお楽しみに!

それではっ!

 

#theabee

 

 

 


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