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The ABEE(ジ・エイビー) -ある意味、私の日々はこちらで綴られる。

札幌でシンガーソングライターとして、ソロで音楽活動を行っておりますThe ABEE(ジ・エイビー)のブログです。普段自身の公式サイトでは語らない事などをこちらのブログにて書かせていただきます。


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努力は報われる…?

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こんにちは!Japanese Sapporo Singer Song Writer(札幌シンガーソングライター)
The ABEE(ジ・エイビー)です!

さて、前回は

www.theabee-blog.com

手段の目的化に関して色々書きました。

 

その前に…度々申し上げているのですが…私、別にご意見番でもなければ評論家の人でもございません。

只の一般の人です(笑)

自身が日々生きていくうえで、疑問に思った事や感じ取った事・生きて行くうえでインプット

されていく物事をこちらのブログでキチンとアウトプットするために、

コチラの個人ブログを用いてほぼ毎日記事を更新しております。

 

別にブログを書く事自体を頑張っている訳ではございません。

溜まったストレスを吐き出すために書いたりはしていません。

 

自身が「これはキチンとアウトプットして行きたい!」という物事を本能のままにブログを書いているというか、そういった感じで

日々文字に起こして書きたいテーマが沢山あるんですよね。

 

別にこのブログを書いても出世する訳ではないですし、

偉くなる訳でもございません(仮にもし偉くなった気でいたら大問題ですがw)。

 

私なりに「書かなければ」なんていう謎の衝動みたいなもので

ブワーっと書いている気がします(なんだよそれ…)

 

極力失礼な表現は控えて行きたいですが、今回もLet's Go!

 

f:id:the-abee:20170329214233j:plain

 

という事で。

 

前回

やりたい事を成し遂げるための目的(目標)、その目的のためを実現するための手段を

設定して(音楽なら曲を作るとか、
スポーツなら大会に向けて走り込みをするとか…)行動します。
こうやって自身の目的のためにキチンとした手段を用いて

努力して磨きをかけて行くのですが…
手段の目的化の場合、いつの間にか「努力することを頑張る、」事が目的になってしまいます。

音楽活動を行う上で
「たくさんの人に音楽を聴いて欲しい!」という目的を持って

「オリジナル楽曲を制作する」「多くの人に聴いていただくために
ライブ活動をする」「ネットで自身の音楽情報を発信する」

という手段を使います。

何かのキッカケでこれらの手段が

「楽曲制作を頑張る」「ライブを頑張る!」「コンテンツ発信を頑張る!」

という目的に変わってしまい、「たくさんの人に音楽を聴いて欲しい」という目的が機能しなくなります。ただの手段へと変わってしまいます。

手段の目的化では

「楽曲制作を頑張りたい」から「たくさんの人に音楽を聴いて欲しい」

「ライブを頑張りたい」から「たくさんの人に音楽を聴いて欲しい」

「コンテンツ発信を頑張りたい」から「たくさんの人に音楽を聴いて欲しい」

…という矛盾が発生してしまいます。

 

何かのキッカケで、一歩間違って「手段の目的化」を行ってしまうと、

自身の頑張りが少しズレた方向に向かって行きます。

「とにかく根気よく頑張る」「頑張ればなんとかなる」の精神になって、「無理して頑張る」「頑張る事を頑張る」という非常によろしくない現象になってしまうかと
思います。

 

手段の目的化って「努力する事を頑張る」「頑張る事を頑張る」という

方向に導いてしまうからやっかいだ。

 

自身の目標・目的を達成するため…自分で考えた手段を用いて、
キチンと努力して自身を磨いて行く。

という考えからかけ離れてしまうから危険ですよね。

 

前回はそんな事を書きました!!

 

…で、ここ最近「努力」に関して一つ色々考える事がございまして…

 

人は、物事の実現に向けて努力して目的(目標)に向けて実現します。

自分に合ったやり方を考えて頑張れば、

誰にでも「努力する才能」は発揮出来ると思います。

それは努力型も才能型も同じだと考えております。

 

…でも努力を続ける中で、人によってはこう考えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

「この努力を続けたら試合に勝てる」「この努力を続けて本番に応用すれば優勝出来る!」

努力した先に・頑張った先に勝利があると信じて努力する。

「これだけしっかりやったんだから、確実に良い成果を残せる!」

と考えて、ポジティブ思考で明るい未来に向かって駆け抜けて行きます。

 

しかし現実とは残酷なもので、

どんなに頑張っても、どれだけ自分に見合った適切な努力をしても

試合に負ける事だってあるし優勝も出来ない。

ましてや良い成績も残せない。

希望の数だけ失望は…

と某ロックバンドの歌詞の一節でもありました。

 

何が言いたいのかと言うと、

良い方向に向かってキチンと努力しても、上手くいかない事だってある。

これはきっと誰にだってあります(勿論、私も)。

 

これは誤解の無いように書きたいのですが…

キチンと努力してもそれに見合った結果が返って来るとは限らないんですよね。

私はこう考えます。

「努力をすれば報われると考えてしまう人はどのくらいいるのだろうか…?」

と。

私も、「キチンとした努力は良い結果に繋がって来る」

って、そう信じたいんです。

でも現実はそんなに甘くはない。

勝つ者もいれば、負ける者もいる。

成功する人もいれば、失敗する人もいる。

 

コチラのブログでは細かい事を長々と書いておりますが、

出来るだけポジティブな内容に繋がるような記事を書きたいんですよね。

 

しかし今回はちょっとネガティブな事を書く事になってしまいます。

なにをって…

「努力は必ず報われる」というわけではない。

という事です。または

「見返りを求め過ぎてはいけない」

とか。努力への見返りを信じ過ぎてはいけない…という感じです。

今回(おそらく次回も)はこんな感じのテーマです。

 

ここ何日間かSNSで「努力をする事」に関する内容の記事や投稿を

自然と目にするようになっていたので、思い切って今回も書きます(記事や投稿に対する対抗意識とかでは無い)。

例えば

ある投稿で

「努力しても上手く行かなかった事は、

そもそも努力する事自体が間違いだ」

というのがありました。

その記事を見て私は違和感を覚えまして…

その人の言いたい事も多少は理解できるけど、

努力そのものを否定するかのような言い方は

良くない!…とか思って記事を見たり

 

またある投稿では

「こんなに努力して頑張ったのに、なんで上手く行かないんだ!」

という人の意見に対して

「そもそも努力は報われるものだというふうに考えてはダメだよ」

と答える内容のものもありました。

その記事に関しては

「嗚呼、キチンと現実を教えているなぁ」と関心して記事を見たり…

そんな感じで

 

「努力をするとは何か」と一人の努力型人間として考えてしまった訳なんですよ。

 

…で、私なりに考えたわけなんですよ

 

 

上記の「努力は報われるか報われないか」の話題をベースに

書きます。

 

 

努力って…何かを成し遂げたいから行うのであって、

努力をしたその先に何かを期待しても別におかしな事ではないと思うんですよ。
努力と言う「過程」を経て何かを手にするという「結果」が存在するので。
そこに明るい未来や希望のような一種の期待を感じるのは自然な事なのかなと。

ただ…その期待が行き過ぎると、

それは執拗に見返りを求めるような、少しズレた努力になってしまう。

 

書いてる事、伝わりますでしょうか?(汗)

 

まず今回のブログで簡潔にまとめたいのは…

 

目標・目的に向かって努力を行う人は、

その努力という過程を行う上で

誰だってその先の「期待」に目を輝かせます。

それは悪い事ではないです。

 

ただ、その先にある「期待」というものを過度に求め過ぎてしまうと…
それは「報われる事を求めてしまう努力」になってしまう。

 

努力とは、自身が達成したい目的(目標)のために行う手段であって、

その手段に過度な期待を求め過ぎてしまったら、それこそ

努力する事が目的になってしまうのかなと
…いわゆる手段の目的化ってやつですね。

 

努力に対する期待…というよりは

努力に対する見返りを過度に求めると

いつの間にか

「努力して報われる」事を求めてしまう人になってしまう可能性があります。
いつの間にか、努力して報われる事が目的になってしまうのかもしれません。

今回はここまでです。最後まで読んで下さってありがとうございます!

 

次回はもっと深く書いて行けたらなと考えております。

 

それではっ!

 

#theabee

 

 


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