The ABEE(ジ・エイビー) -Thank you for Monthly 30,000PV!!

札幌でシンガーソングライターとして、ソロで音楽活動を行っておりますThe ABEE(ジ・エイビー)のブログです。おかげさまで、月間30,000PVを突破致しました。普段自身の公式サイトでは語らない事などをこちらのブログにて書かせていただきます。

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT -絶対に語り継ぎたい日本のロックバンド…その2

 

コンニチハッ!

前回の記事、読んで下さった方々ありがとうございます!!

www.theabee-blog.com

 

邦楽のロックで

絶対に語り継ぎたい日本のロックバンドとして、

BLANKEY JET CITY(ブランキー・ジェット・シティ)

を挙げましたが…

今回はもう一組、同じ時代に

90年代~2000年代前半までを駆け抜けた…

絶対に語り継ぎたい日本のロックバンドの事を

全力で書かせていただきます!!

 

今回も長くなるかもしれませんが、最後までお付き合いいただければと考えております。

宜しくお願い致します…!m(_ _)m

 

前回の続きですが…

2組目!

絶対に語り継ぎたい日本のロックバンド…その2

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

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・THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

※動画は、2009年に公開されたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのドキュメンタリー映画の予告です。
2003年に行われたラストツアー「LAST HEAVEN TOUR」のドキュメンタリー映画となります。

 

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT (ミッシェル ガン エレファント)

…1991年頃に結成。メンバーの変遷は多少あるとの事ですが、

主にチバユウスケ(Vo.)・クハラカズユキ(Dr.)・ウエノコウジ(Ba.)、

94年にアベフトシ(Gt.)の加入で現在のメンバーが揃う。

1996年にメジャーデビューし、2003年に解散。

 

「ジ」は付けず「ミッシェル ガン エレファント」と読みます。

邦楽のロックが好きな方は、一度はTHEE MICELLE GUN ELEPHANT(ミッシェル・ガン・エレファント)の名を聞いた事があるかと思います。

「ミッシェル」の愛称でも親しまれてますね。

 

ミッシェルのサウンドとルーツ。

 

50年代のロックンロール要素もあるかもですが…

ルーツとしては、60~70年代の米英の渋めのロックサウンドを上手に昇華して
爆音でロック/ロックンロールなバンドサウンドを展開して(90年代の邦楽ロックの中では)かなり硬質なロックサウンドを爆音で鳴らして十数年間駆け抜けたロックバンドです。

前回の記事で紹介したBLANKEY JET CITYと同じく…「伝説」と呼ばれても差し支えない位、90年代以降の日本のロックに大きな爪跡を残したロックバンドです。

 

ミッシェルガンエレファント(以下「ミッシェル」と表記)は

ブランキー同様、現在も語り継がれているロックバンドです。

ミッシェルはどの辺がスゴいのかというと…いや、

スゴいという前に

純粋に、カッコいいんです!!

 

ミッシェルのカッコ良さ

ミッシェルが爆音で奏でるロックミュージックは

どうしてこんなにカッコ良いのか…それは

・チバユウスケの、がなるように荒く歌う「ロック」な歌声・深い意味はないのかもしれないけれど、深い意味を感じてしまうような「カッコいい!」と感じるような歌詞
・アベフトシの鬼気迫る爆音ギター、そして今にでも襲いかかりそうなくらいに攻撃的なキレのあるカッティング奏法。
・ゴリゴリの低音で唸る、アグレッシヴでカッコ良いウエノコウジのベース音。
・キレのある力強いビートで、聴く者を圧倒するクハラカズユキのドラム演奏。

そして何よりも

チバ・アベ・ウエノ・クハラの4人だから爆発させる事が出来る、

熱量の濃い爆音ロックが最ッ高にカッコ良い!!

 

彼らのサウンドのルーツはかなりはっきりしていて、

60年代に出現したガレージ ロックや

70年代に登場したDr.Feelgood(ドクター・フィールグッド)に代表される

パブロックのサウンドから

大きな影響を受けております。

もっと言うと、50年代のロックンロールサウンド

を感じさせるようなフレーズもございますし、

ブルースを感じさせるコード進行の楽曲もございますので…

ルーツは渋くて、かなりマニアックです

(もしかしたらDr.Feelgoodのルーツでもある

Johnny Kidd&The Pirates(ジョニー・キッド&ザ・パイレーツ)のサウンドにも影響を受けているかもしれません)。

 

ミッシェルは90年代から活動しているバンドですので、

The ClashやThe Damnedに代表されるようなパンク ロックを通過している世代なので…(勿論良い意味で)パンクを思わせるような、荒くて攻撃的なサウンドも兼ね備えております。

90年代から2000年代を駆け抜けたバンドですので、

オルタナティブ系のギターロックの要素も徐々に楽曲やサウンドに溶け込んでいるのかなと個人的には感じております。

 

このように、50~60年代のロックンロールやブルースの要素を取り入れたサウンドをルーツとして、更にそれをパンキッシュに・確かな演奏力でスピーディーにロックを演奏するスタイルは、

彼らよりも大先輩で伝説的なバンドである

The ROOSTERS(ルースターズ)の影響が大きいのかもしれません。

※ミッシェルのオリジナル楽曲「CISCO(シスコ)」は、恐らくルースターズが演奏していた事で有名な楽曲「テキーラ(チャンプスというバンドが原曲。ルースターズの演奏するテキーラはチャンプスのCoverです)」の影響が強いのかなと推測しております。

 

THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの楽曲。

ミッシェルガンエレファント(ミッシェル)は

1996年にシングル「世界の終わり」でメジャーデビューします
(※ローマ字表記の方で有名な某バンドさんとの関連性はございませんので、そこは誤解のないようお願い致します)。

 

世界の終わり

ミッシェルの楽曲で代表曲を一つ挙げよと言われたら…

デビュー曲の「世界の終わり」を挙げる人は多いかもしれません。

楽曲は激しめのサウンドで疾走感があるのですが、

切なさを感じるようなサビのメロディーが胸にグッと来ます。

自身がミッシェルの作品や楽曲をあまり知らなかった頃…

→ミッシェル=デビュー曲「世界の終わり」…というイメージがあったんですよね。

 

まずタイトルの「世界の終わり」という曲名からインパクトがありますし、

やっぱサビのメロディーの切なさと、意味深に感じるような(思わずそう深い意味を考えてしまいそうな)歌詞が頭に残るんですよね。

アベのキレのあるギターのカッティング、最高です。

オフィシャルで配信されているPVもカッコ良いです。

※再度書いてしまいますが、バンドsekai no owariさんとの関連性は一切ございません。

 

バンドは楽曲のレコーディングとライブ活動をコンスタントに行っておりまして…

初期の頃からかなりの本数のライブをこなしていたので、

ライブバンドとしても定評がありました。

 

その中で97年にリリースした「バードメン」がヒット。

 

バードメン

 

その後も、ミッシェルは徐々に多くのファンを獲得して行き、

多くのロックファン・ロックリスナーからも支持されます。

 

個人的に好きな一曲 ↓

G.W.D

 

・1998年、第2回目のフジロックフェスティバルに出演

当時フジロックはまだ誕生して間もないロックフェスだったので…

運営者側もかなり手探りだったかもしれません。

動画を見ていただければ分かるのですが、

会場の観客席には安全のためのフェンスがほとんど(?)なかったとの事で…

 

当時ステージが2ステージのみの状況で、ミッシェルの出演になり

ライブを観たいロックファンの方々はそのステージに一か所に集中して盛り上がるのですが…

オーディエンスの盛り上がりが過熱し過ぎて、ライブが一時中断してしまうという事態になります。

今でこそ音楽の野外フェスでは、ステージによってはセキュリティーや安全のためにフェンスを設置して事故を防ぐ対策をしていると思いますが…

フェンスのない状態で尚且つオーディエンスが一か所に集中すると、

こんなにもみくちゃで危険な状況になってしまうのですね…(汗)

 

上記の動画で、バンドが演奏している楽曲は先ほど紹介した「G.W.D」ですが…

オーディエンスの過熱した盛り上がりに事故の危険を感じたのか、
運営スタッフがバンドの演奏を止めに入っています。

…そりゃあ演奏を止められたら、全力で音を鳴らしてライブしている

バンド側もかなりピリピリしてしまいますよね(汗)

 

アクシデントだらけで凄まじいライブですが…

中断している時の、オーディエンスに向けた

チバのMCはグッと来るものがあります。

 

この時ミッシェルはG.W.Dの前に「CISCO(シスコ)」を演奏しておりまして、

 

この楽曲が終わったあと一旦ライブが中断~G.W.Dを演奏~再びライブ中断~

再びG.W.Dを演奏・完奏して、この後もテンションの上がる楽曲で攻め続けて無事ライブを終えるという…

攻めのセトリをぶれずに、最後まで歌い・演奏したミッシェルは流石です(笑)

第二回フジロック…ステージに一極集中してしまい、もみくちゃで危険な状況ではありましたが、

死亡事故につながらなかった事が、驚きと同時にかなりの奇跡なのではないかと感じております。

動画を見ると…お客さんが怪我をしないわけがない位の危険な状況ですし、

熱中症で倒れる人もいれば、人の波に押されて失神→観客席から救出されるオーディエンスもいます。

しかし命を落とした人は、誰一人ほとんどいなかったそうです…!

 

今でこそ多くの野外フェスは、ステージによっては観客席に安全のためのフェンスがキチンと設置されているし、

第二回フジロックのような状況にはならないかと思いますが…

98年のこの出来事は、
日本の野外音楽フェス黎明期に起こった出来事として今でも語られておりまして…
バンドにとっても、あの当時会場にいたオーディエンスの方々にとっても(色々な意味で)記憶に残る出来事だったのかなと考えてしまいます。

 

その後の快進撃。

その後バンドはその年の98年の末にライブツアーを行うのですが…

アリーナをオールスタンディングの形式ににして、大盛況を収めました!

 

この年にリリースされた「スモーキン・ビリー」は最高にカッコ良いです!

 

スモーキン・ビリー

 

99年と2000年もコンスタントに楽曲のレコーディング→ライブツアーをコンスタントに行うのですが…

この時期に、何故だか全く分からないのですが…

ライブ会場にいる一部の心ない人がステージにペットボトルを投げつけてライブを妨害するという出来事が一時的にあったのです。

一部の心無い人間がペットボトルを投げて、それに便乗した連中が真似してライブを妨害するという酷い出来事があったそうです(その後対策されてペットボトルの妨害行為は無くなったとの事)。

その事件は映像にも残っているのですが、ここでは載せません。

「何故こんな事をする人がいるのか…」と悲しい気持ちになってしまいますよね…。

 

 

バンドの音楽やバンド活動も、

98年以降から少しずつ変化して行きます。

2000年には開催四回目のフジロックフェスティバルの二日目に、

なんとトリとして出演…!

一日目のトリは、当時既に解散が決まっていて

実質最後のラスト・ライブを行った

BLANKEY JET CITY(ブランキー・ジェット・シティ)です。

 

ミッシェルとブランキー…両バンドに交流があって、

仲が良いのは有名ですよね(^_^)

 

ブランキーのギターボーカルである
ベンジーこと浅井健一の独自の感性やカリスマ性…、
「実はチバユウスケは、ある時期からベンジーに
かなり影響を受けているのでは…?」
という話をよく聞きます。

 

チバは徐々にギターボーカルを行う機会が増えて行くのですが、

ライブ映像見ると、Gretsch(グレッチ)のギターを弾きながら

歌う事が多い気がします。

 

チバはミッシェルのある時期からGretschのギターを弾きながら

ギターボーカルを本格的に行うようになった。

 

ベンジー(浅井健一)はブランキーの結成初期から

Gretschのギターを弾きながら自身の表現したい世界を歌っていた。

 

…そう考えたら、チバユウスケはめっちゃベンジーに

影響受けてたのかなと考える事もございます(笑)

 

実際、チバがROSSOやThe Birthdayでギターボーカルする時は

Gretsch(グレッチ)のエレキギターの使用頻度は高いです。

 

 

話がそれてしまいましたが… 

 

THEE MICHELLE GUN ELEPHANTは、

2001年にもカッコ良い楽曲・作品をリリースします。

 

暴かれた世界

 

しかしこの年、2001年に

バンドは1年間だけ活動をストップしてしまいます。

なぜ一時的に休止してしまったのかは分かりませんが…

2002年から再び活動を再開します。

 

休止中もメンバーに動きはありまして、

ボーカルのチバはロックバンドROSSO(ロッソ)を結成。
ベースは、なんとex.BLANKEY JET CITYの照井利幸さん!!

 

ROSSOはミッシェルが1年ほど活動休止中の時に

作品のリリースやライブを行います。

 

2002年にミッシェルは再び活動を再開します

(それに伴い、ROSSOは一旦お休み)。

 

 

バンド活動後期~解散。

2002年に、ミシェルは再び活動を再開します。

 

太陽をつかんでしまった

 

THEE MICHELLE GUN ELEPHANTは

チバがボーカル一本で歌い・ギター演奏はアベがメイン、ウエノコウジがゴリゴリのベースを鳴らしてクハラさん(「キュウちゃん」の愛称で親しまれています)のキレのあるドラムを叩いて「ミッシェル・ガン・エレファント」のサウンドが鳴っております。

 

チバも楽曲によってはギターを弾きながらボーカルをとる

「ギターボーカル」のスタイルを取っていたのですが、

バンド活動が進む中で徐々にチバがギターボーカルをとる

スタイルが多くなりまして…

2002年の活動再開以降、チバのギターボーカルのスタイルが確立されたのが

後期ミッシェルの大きな特徴なのかなと感じております(楽曲によってはボーカル一本に専念する楽曲もございます)。

 

2003年…バンドはアルバム「SABRINA HEAVEN」と

ミニアルバム「SABRINA NO HEAVEN」をリリース(事実上、バンド最後のアルバム)。

 

ミニアルバム「SABRINA NO HEAVEN」から↓

デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ

※PVの演出上、血糊が多めなので…血糊が苦手な方は、ご視聴の際はご注意下さいませ。

 

この楽曲を引っ提げてミッシェルはTV番組「ミュージックステーション」に初出演!

デッドマンズ・ギャラクシー・デイズを生演奏でカッコ良く歌い・演奏しました。

 

無事演奏が終わり、このまま番組が進んで行くかと思いきや…

その当時、海外のゲストで出演・パフォーマンス予定だった

ロシアの(当時)人気グループだったt.A.T.u(タトゥー)が本番直前になって

出演をドタキャンするというとんでもない事態が発生します…!(笑)

t.A.T.uは、オープニングには出演していたのですが、パフォーマンスする直前になって出たくねぇとボイコットしたとの事(苦笑)

このタトゥーのドタキャン騒動は日本だけかと思いきや、以前に海外の公演でもドタキャン騒動を起こしていたとの事(当然ながらこのMステの一件で、日本でのt.A.T.u人気も失速する事になります)。

 

番組の緊急事態の中、

既に演奏を終えていたミッシェルのメンバーは
CM中に「俺らもう一曲できたじゃん」と冗談を言うと…
スタッフから「もう一曲やって欲しい!」という熱い要望に応えて、
急遽・ミッシェルはもう一曲をライブ演奏したのです!

やはりライブバンドは、どんなシチュエーションでも対応できる力はあるので…ライブバンドの強みというものを感じます…!

 

このMステでの出来事は「t.A.T.u事件」とも呼ばれておりまして…

翌日かなりニュースになったので、覚えていらっしゃる方は多いのではないでしょうか…? 

 

同時に、ミッシェルガンエレファントが緊急事態に陥ったMステで

直ぐにもう一曲生演奏する事が出来、番組を救ったという事で…

「ミッシェルがMステを救った」と伝説になっており、15年近くが経とうとしている現在でも
ファンやロックリスナーの間で語られております(同時に、この出来事がキッカケでミッシェルを知った方も多いはず)。

 

ミッドナイト・クラクション・ベイビー

 

 

この伝説となった出来事から数か月後…

 

バンドは正式に解散を発表します。

なぜミッシェルが解散する事になったのか、

その理由は具体的には明言されていません。

よく言われているのは「バンド活動が進むにつれてメンバーの音楽性に変化が現れ、そこからバンドが終わりに向かって行ったのではないか」等々、諸説ございますが…

憶測するべきではないのかなと考えております。

 

前回の記事でも書いたのですが…

「バンドとは、その瞬間を生きている生き物のようだ」と考えておりまして、

人と人同士が一緒に音を奏でて楽曲を歌い・演奏するから「バンド」というものが成り立ちます。

人と人同士が一緒に音を奏でているので…

年月を重ねると、メンバーそれぞれ自然と「自身がやりたい音楽」に変化が生まれるのではないのかなと考えてしまいます。

ミッシェルに関しては…

バンド全体の音楽の変化・メンバーのやりたい音楽の変化が、自然な流れで進んで行き…2003年に自然と「来たるべきその時」が来てしまったのではないかと考えてしまいます。

 

バンドは同年10月にラストシングル「エレクトリック・サーカス」を発表(リリース前に、楽曲をミュージックステーションにて披露。最後のTV出演となります)。

 

エレクトリック・サーカス

 

ラストシングルのリリースと同じ日に、

ラストツアー「LAST HEAVEN TOUR」の最終日を迎え、

バンドは解散しました。

 

ラストライブの最後に演奏したのは

デビュー曲「世界の終わり」。

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最後のライブは、探せば出てきますが…

ここでは敢えて動画は載せません。

自分の目で確かめて欲しいです。

 

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「これで本当に最後だ」というメンバーの想いが伝わって来て…

これ以上ない位の早いテンポで「世界の終わり」は演奏されます。

 

アベのギター演奏とカッティングはこれ以上ない位力強くて…

途中でギターの弦が切れてしまう位、鬼気迫る演奏です。

アベの目が切ない…。

 

 

バンドが終わってしまうその瞬間、

メンバー達は何を想っていたのか…

 

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ミッシェルガンエレファントが終わる最後の瞬間、

その時の瞬間というのは…

きっと切なくて寂しくて

…それだけじゃないのかもしれないけれど、

「本当に最後の瞬間」が来るときは…切ない(そう感じてしまう)。 

 

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2003年、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTは

その活動に幕を下ろしました。

 

 

メンバーのその後

・ボーカルのチバユウスケは休止していたロックバンド

ROSSO(ロッソ)の活動を本格化。

2006年に活動休止するまで

精力的に活動。

 

・ドラムのクハラカズユキは様々なバンドでドラマーとして参加。

ROSSO休止後のチバと合流して

ロックバンドThe Birthday(ザ・バースデイ)を結成。

www.youtube.com

 

 

・ベースのウエノコウジは新たにバンドを組んだり様々なバンドでベースを演奏していたのですが、

2009年に(活動休止中の)ELLEGARDEN細美武士が立ち上げたプロジェクトで

ロックバンドthe HIATUS(ザ・ハイエイタス)のベーシストとして加入。

www.youtube.com

 

他にも、様々なアーティストのバックで

ベーシストとしても精力的に活動中。

 

 

・ギターのアベフトシは…

ミッシェルガンエレファント解散後、

新たにロックバンドを結成するも短い期間で解散。

アーティストのプロジェクトに参加する等活動しておりましたが…

あまり長く続かず、一時期音楽から離れて故郷で塗装のお仕事をして生計を立てていたそうです。そんな中(信じられないかもしれないが)吉川晃司さんからオファーを受け、

彼のライブにギタリストとして出演。

再び音楽の世界に戻って来て、ギタリストとして活動を再開したのですが…

 

2009年の7月22日、

病によりこの世を去りました。

42歳…今でも彼の死を惜しむファン・ロックリスナーは多いです。

 

チバ・ウエノ・クハラは解散後も良い感じのペースで音楽活動を続ける事が出来ておりますが…

ギターのアベは一度音楽から離れて帰郷して、

再び音楽の世界に復帰して、これからまたギタリストとして再度動いて行く中で…

 

 

…本当に、早過ぎる。

 

 

ミッシェル解散から14~15年が経とうとしているが…

もしアベが元気でギターを弾いていて、

4人がまた何かしらのタイミングで音を合わせる事が出来たのなら

(再結成の事を強く言うつもりはないのですが…)

何らかのプロジェクトや企画で、

別の形で4人がまた音を合わせる事が出来たのなら…

 

そう考えてしまう事もある。

 

でも、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTは

2003年に解散して、その活動を終えてしまった。

 

自分がこう書いて良いのかは分からないけれど…

きっと、

ミッシェルで観る事が出来た

チバの熱い・ロックな歌声は「あの瞬間」だから聴く事が出来た。

アベの鬼気迫るカッティングや攻撃的なギターは「あの瞬間」だから聴く事が出来た。

ウエノのゴリゴリなベースと叫び声は「あの瞬間」だから聴く事が出来て、

クハラのドラムは「あの瞬間」だから彼の叩くドラムを聴く事が出来た。

 

バンドが解散した後も、メンバーは前に進んで自身のやりたい音楽を突き進めていて…

 

でもミッシェルで鳴らしていたサウンドは…

あの時、ミッシェルとして活動していた時だから鳴らす事が出来ていたロックサウンドだったのかなと考えてしまう。

 

チバは現在もロックを続けながら良い歳の取り方をしていて、

彼の中でやりたいサウンドも良い感じに変化しているのかもしれない。

ウエノも様々なアーティストやバンドで今も色々なフィールドでベースを鳴らしている。

クハラさんは今でもキレのあるドラムをバンドで叩き続けている(昨年JOIN ALIVEでThe Birthdayのライブを初めて観たのだが、一発目のドラムの音から全身にズシンと来るような・キレのあるドラム演奏で本当に凄かった。チバユウスケもメッチャカッコ良かった)。

 

アベフトシは、ミッシェル解散後も良い感じにギターを鳴らして

進化する事が出来たのだろうか…?

ミッシェル解散後、アベがなかなか思うように音楽活動を続ける事が出来なかったのは…

THEE MICHELLE GUN ELEPHANTがアベフトシにとっての音楽人生の全てだったのだろうか…?

 

 

90年代を駆け抜け、2003年の最後が来る「その瞬間」まで

カッコ良くて熱いロック/ロックンロールを爆音で鳴らしていた

日本のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT(ミッシェル ガン エレファント)。

バンドとして、その命を燃やすかのように駆け抜けて行ったロックバンド。

 

ライブバンドとして最高にカッコ良くて、

野外のロックフェスでの凄まじい位の熱量や

歌番組内のアクシデントを救うなどして、

少なくとも邦楽の・日本のロックシーンに

「こんなにカッコ良いバンドがいたんだぜ!」

と言える位、最高にカッコ良い爆音ロックを鳴らしていた

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT…

彼らは後世に伝えたい位カッコ良い音を鳴らしていたし、

絶対に語り継がれるべき日本のロックバンド

の一つであると考えております。

 

彼らが私たちに遺して行った

硬質で爆音で鬼気迫るロックサウンドは、

解散から何年経とうと後世に語り継ぎたい

日本のロックバンドであると考えております。

 

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